2001年9月11日
携帯の鳴る音に起こされる。端末を寝室に置いていないので電話に出たわけではないのだが、目は覚めた。続けて、携帯の留守電システムにメッセージが入ったことを知らせる音が鳴り、ついに観念してベッドから抜け出す。
パソコンを立ち上げながらメッセージを聞く。12日に日本からLAに来る予定だった知人から。とても行かれそうにない、ニューヨークがどうの、と言っている。まったく事情が飲み込めない。こちらから電話をかけてみるものの、今度は向こうが留守電になってしまっている。
電子メールがたくさん来ている。何か大変なことがあったらしいことをようやく理解し、テレビをつける。ニュース系サイトもチェック。少し事情がわかりかけるものの、テレビに映し出された映像は、どう考えても映画のシーンとしか思えない。
テキサス在住のプロレス記者仲間(カメラマンだけど記事も書く)から電話。彼の説明で、かなり情勢を理解する。彼は、NYにいる猪木さんの無事をすでに確認していて、今現在のNYでの猪木さんの写真を自分が撮れないのが悔しくて仕方ない(まあ、非常によくわかる)。何にしても猪木さんが無事で良かった。
普段、テレビなんてほとんど見ないのだが、この日ばかりはチャンネルサーファーと化す。時々チャンネルを変えながら、部屋にいる間はずっとテレビつけっぱなし。東海岸発西海岸行きの飛行機ばかりハイジャックされたことがわかり、徐々に背筋が寒くなってくる。もし猪木さんがLAに戻る予定が今日だったら、その飛行機がハイジャックされていた可能性だってあったのだ。猪木さんが無事で、本当に本当に良かった。涙が出るほど良かった。もし猪木さんがこんなテロに巻き込まれていたら、自分がどんな狂った行動に出ていたことか、自分でもまったく予想がつかない。冷静でいられる自信など、みじんもない。
昼に自転車で近所に出かける。閉鎖されている場所が多く、街はガラガラ。
午後、LA在住の日本人から仕事の電話。仕事の話そっちのけで、ひとしきりテロの話。ニュースで、今回の奇襲攻撃について「パールハーバー以来」とか「パールハーバー以上」とか、自爆行為について「KAMIKAZE」とか、連呼されていて、少々居心地が悪い、なんて話になる。
ワールドトレードセンター(以下、WTC)からそれほど遠くないイーストビレッジ在住のプロレス記者仲間(カメラマン)に、電話が通じないから(まあ、平常時でもよく混線するし通じないことが少なくないけど)安否を気遣う電子メールを送っておいたのだが、返事が来た! 彼の無事にほっとすると同時に、「ビルが崩れる瞬間の写真を撮った」というコメントに、羨ましさを感じる。しかし冷静に考えたら、ウェブ閲覧と電子メールが精一杯の彼には、写真をスキャンして日本の日刊紙に送信なんて芸当はできない。写真を提供できるのは、よくても週刊誌だな。
夕方、もちろん何が起こってもいいように(?)カメラを用意して、テロとは全然関係のない用事で出かける。夕刻だというのにLA名物の渋滞もなく、一瞬で目的地に到着。
最初に会った人(アメリカ人)に「家族とか友達とか大丈夫だった?」と聞かれ、頭の中はすっかり同時多発テロだったし、彼には私が去年まで4年間NYにいた話をしたことがあったし、彼が話し終わる前から「明日来る予定だったのに来れなくなった友達がいる」とか、「NYをちょうど訪問中だった友達がいる」とか、返事が喉まで出かかっていた。しかし、彼は最後に「あの台風」と言った・・・。彼は東京を直撃した台風の話をしていたのだった・・・。私は一瞬ずりコケて、答えにつまった・・・。普通のアメリカ人はこんな話絶対しないというか、そもそも台風東京直撃の話なんて知らないだろうから、彼としては私に合わせてサービス(?)してくれたつもりだったんだろうなぁ・・・とは思う。
皆の話題は、当然同時多発テロに集中。1人が「ペンタゴンって当然防衛システムがあって、何かが突っ込んできても、ちゃんと突っ込む前に撃ち落とすようになってるもんだと思ってた」と言うのに、思わず大きく頷いてしまう。
主要テレビ局はコマーシャルなしでずっとこのニュースを流し続けている。画面に常に表示されているテロップは「US UNDER ATTACK」「AMERICA ATTACKED」「ATTACK ON AMERICA」「AMERICA UNITES」など。「ブッシュの減税政策がどうのと民主党共和党で闘っている場合ではない。一致団結して、この外敵と戦おう!」と民主党の政治家がコメントしてる。戦時体制そのもの。
ハリウッドでもガスマスクや飲用水が売れまくっているそうである。
「これ放送したら、まずいだろ〜?!」。東エルサレムで街の人々が喜んでいる映像がテレビに映し出される。ヘイトクライムを誘発しないようにとの配慮からか、LAのイスラム寺院で犠牲者のために祈っている人の映像や、イスラム教徒が「テロは許せない」とコメントしている映像が続いたものの、焼け石に水じゃなかろか・・・(もしかすると、わざとあおってるのかもしれないけど)
NY時代、NY在住の私の出身大学の卒業生のうち比較的年代が近い人たちが集まっての飲み会に、何回か顔を出したことがある。ここで仲良くなった1人が、WTCの近くで働いていたことを突然、思い出す。彼は会社でしか電子メールをチェックしないが、どう考えても彼の会社の建物は立ち入り禁止になっているだろう。電話は通じないし、安否の確認のしようがない。
思い立って、この飲み会で知り合った他のOB仲間の名刺も確認してみたところ、WTCそのもので働いている人もたくさんいた・・・
ところで、猪木さんと縁のある会社の若い子が、マイケル・ジャクソンのコンサートを見にNYに行っている。絶対に足止めを食っているハズと、心配していた。日本からの電話で、彼が猪木さんのところに転がり込んで、こともあろうか(?)プラザホテルの猪木さんの部屋に泊めてもらっているということを知り、口では「良かったですね」などと言いつつも、内心なんか急にムッとしてしまう。・・・・・。はっきり言って、羨ましい・・・
#私もどっかでトラブルに巻き込まれて、猪木さんに助けてもらいたいよ!
2日目
今朝も日本からの電話で起こされる。今朝はさすがに慌ててベッドを飛び出し、電話のあるところまで走って行ってちゃんと出る。
NY時代に勤務していた出版社の元同僚から。彼は今、東京の出版社で雑誌の仕事をしている。彼はNY時代、現地の朝日新聞でバイトをしていたこともある。「朝日新聞にテロに関するレポートをしているのは知っているやつばかり」だそうで、「自分がNYにいなかったことが悔しい」と、しきりに訴える。そりゃそうだ、当たり前だ。昨日電話してきたテキサスの彼だって、半分は自分がNYにいなかったことが悔しいと誰かに訴えたくて、やはりNYにいなかった私のところに電話をしてきたのだ。
メディア業界に携わる人間であれば誰しも、「自分もNYにいたら!」と思わないハズがない。逆にNYにいたメディア業界の人間は、絶対に「やったね!」と思っている。
時々、思い出したようにマンハッタンの友人に電話をかけてみるが、通じない。運が良ければ通じるらしいが、私は何回やってもダメ。
落ち着いてくると、ダウンタウン近辺に住んだり働いたりしている友人知人が次々と思い出されてくる。でも、安否の確認のしようもない。待つしかない。
夜、朝日新聞のウェブサイトで日本人不明者のリストを見て、知り合いがいないことを確認。少しほっとする。
3日目
今朝も電話で起こされる。今朝もまだ緊張は続いているので、ベッドから電話まで走り、出る(今だけでも、携帯、枕元に置いて寝ろよ・・・)。
コロラドから仕事がらみの電話だったが、やっぱり話題はテロに・・・。彼は、離れた場所の出来事で良かった、といったような感想。
そういえば日本の友人から、私がNYから引っ越した後で良かった、といった内容の電子メールも来ていた。そういう感想を持つ人もいるんだなあ、と少し驚いた。当たり前だけど、悪意はないよ。向こうだって、当たり前だけど悪意のあるハズもない。純粋に私を心配してくれて、被害がなかったことにほっとしているのだろう。
報道と関係のない仕事をしていたら、確かに近くで大事件が起こったら仕事にならなくて迷惑だろう。でも、単なる野次馬根性からでも、近くで見たかったとか思わないのかね。不謹慎だと言われようと、私は(他のNYにいなかったメディアの皆さん同様)自分がNYにいなかったことが本当に悔しいよ!
平日毎朝放送されている(フジテレビのスーパーニュースを元にした)日本語ニュースも、当然、昨日今日とテロ特番。元パイロットだとかいうおっさんがテロについて解説しているのだが、意味もなくニタニタしながら話しているのが、すっごぉ〜〜〜〜っくムカつく! 何がおかしいんだよ?! 照れ隠しなのか、意味もなく薄笑いを浮かべながら答えるヤツ、確かにこれまでもテレビなどでよく見かけたけど、よりによってこんな時にそんなヤツを解説に使うなんて許せない! 太股にナイフ突き刺しながらでも、つらそうな顔してしゃべれよ! もしかしたら普通の顔が笑っているような顔なのかもしれないけど(たまにそういう人、いるし)、それにしても、そんなヤツ、使うな! 元パイロットなんて、他にも腐るほどいるだろ!!!
イチローの試合の放送を担当している、NHKの関連会社で働いている友達。シーズンに入って以来、半分以上はシアトルに出張している。試合再開の目処も立たぬまま、それでも週末にシアトルで予定されている試合に備えて、スタッフ一同、車でシアトルに向かうのだそうだ。20時間くらいかかりそうな気がするが、お疲れさまなことで・・・(でも彼には、私の大陸横断と比べたらどってことないけど、と言われた・・・)
火水とアナハイムで行われるハズだった試合が中止になったので、そもそも選手たちもLA近郊で足止めを食っていると思うのだけれど、もしかして選手たちもバスなどで移動してるのかな???
ところで私はおととい以来、なんとなく閑状態。仕事が止まってしまったり、流れてしまったり、動きが取れなかったり、連絡のしようがなかったり。かといって、落ち着いて何か他のことに取り組めるわけでもなし、同じ暇でも居心地の悪い暇。しょうもないので借りてきたビデオを見たりして、一時だけでも、現実を忘れて過ごす。
木曜日は、前週末に日本で放送された新日のビデオが入荷する日だ。こんな状況で入荷されてるわけがないよな、と思いつつも、どうせ返却するついでがあったのでビデオ屋に寄る。ナント! 新日ビデオは入荷されていた。一体どっから入ってくるんだろ?
同じビデオが店頭に並ぶのは、NYのほうが2〜3日早かった気がする。日本のテレビ番組のレンタル用マスターを提供している放送番組協会がNYにあって、月曜に全米各地のレンタル店に陸送で発送してる、とか・・・?
夜、出かけて帰ってきてテレビをつけたら、番組プログラムはかなり平常に戻っていた。主要局の中でも、コマーシャルを入れる局や一般の番組を放送する局が出てきている。このままどうぞ、これ以上何も起こらず、平常に戻って、と祈る。
NY時代の友達が発行しているメルマガを読んで、はたと気付く。なんで今まで気付かなかったんだ?! 私って馬鹿じゃないの・・・?! 9月11日に事件が起きたのは、偶然に9月11日だったわけなんかじゃないんだよ! 米国の911ってのは、日本の110と119の両方の機能を兼ねる緊急電話番号なんだよ! 連中は、9月11日を目標に、ずぅ〜〜〜っと前から準備してきたんだよ!!! 私もう絶対に、9月11日に飛行機に乗らない。
前週、日本から来ていた友達と一緒にパラマウントスタジオツアーに参加した。古い倉庫の前でガイドが、「これは昔フィルムの保存に使われていた倉庫。しかしLAは地震もあるし、災害が多くて危ない。東のほうが安全なので、今はNYにコピーを保管している」というような話をしていた。
・・・しかし。要するに、この世に安全な場所などないんだよ・・・
私の永住権カードは、まだ届いていない。ステータスを示すスタンプがパスポートに押されているだけだ。このスタンプは、あくまでカードが届くまでの間の臨時措置で、有効期限は1年しかない。本来なら遅くても1年あればカード現物が届く、ということなのだろうが、私の知り合いでスタンプを押してからカードが届くまで1年8カ月待たされた人もいる。1年経っても届かない場合は、スタンプを押し直してもらいに行かねばならない。
私の永住権のケースは、NYの移民局の管轄だ。下手すると、今年の年末にまた日帰りNYか・・・と思っていた。
今は、スタンプを押してもらいにNYに行くことになってもいいや、と思う。WTCがなくなってしまったなんて、実は未だに信じられないでいる。おそらく、この目で見るまで信じられない。WTCがなくなってしまったことを、自分の目で確かめてこよう・・・