日本だって、地方に行けばかなり物価は安くなるだろう。日本は土地が高いというが、土地がないんだから当たり前だ。シンガポールだって、香港だって、そしてここニューヨークだって家賃は高いし、そもそもマンハッタンの中心部に個人が買える土地なんて存在しない。ティッシュペーパーやトイレットペーパーなど、日本で世界一安く買える日用品もある。
さらに、アメリカの品物は、本当に安かろう悪かろうである。日本では、衣料品でも日用品でも、どんなに安物を買っても最低限の質は確保されている。しかしアメリカでは、安物は言うに及ばず、ごく平均的な値段の衣料品でも、何回か洗濯しているうちに激しい色落ち、縮み、糸のほつれなどに見舞われる。日本では、通信販売もカタログの写真から判断してかなり安心して買い物できる。アメリカでは気をつけないと、カタログ写真の質感からは全く予想もできないペラペラの薄いセーターやワンピースが届くことになる。
ロスにいた頃、家賃や食料品は安かった。しかし外食や衣料品に対して、安いという感覚はあまり持てなかった。ロスは全米平均よりは物価が高いが、それでもニューヨークに比べれば天国だ。マクドナルドでさえ、マンハッタンでは郊外の倍近い値段だ。良い悪いは別として、マンハッタンではレストランで出てくる食事の量だって、他のアメリカに比べて非常にお上品だ。
家賃に至っては論外。狭く高くても、東京のマンションは新しいとか設備が整っているとか、何かしら利点がある。マンハッタンのアパートは狭くて暗くて古くて汚くて、ネズミ・ゴキブリ当たり前、5〜6階建てでもエレベーターがないのが普通。普段は我慢できても、引っ越し屋やデリバリーは、階段で一階上がるごとに追加料金を課してくる。インフラも古く、お湯がなかなか出なかったり電話がぶちぶち切れたりということは、自分も含めて頻繁に起こる。アパートを探して歩いていた時(97年4月)、日本で言えば三畳一間といったタコ部屋、駅からもかなり遠い場所にあるくせに、860ドルというアパートもあった。
一番大きな違いは収入だ。永住権もない現地採用の日本人に、高給の仕事なんてまずない。現地採用の日本人からは、マンハッタンでは家賃を払うために働いているようだ、という声をよく聞く。おまけに税金が超高い。カリフォルニアでさえ、日本の大卒初任給程度の収入で3割も持っていかれ、もちろん保険は別、という状況にびっくりしたが、ニューヨークはさらに高い。給料の元が安いのに、超高い連邦税、州税、市税。
私も実際に住むまで、アメリカは税金が安い国、という印象があった。なんのことはない、単に累進性が低いだけなのだ。ほんの一握りの金持ちだけが低税率の恩恵を受け、大多数のアメリカ在住者は生活のために日本にいる日本人より長い時間、働いている。
マサチューセッツの海辺の街に出かけた時、カフェのレジのおねえさんに「ニューヨークから来たの? 物価が高いでしょう。よく、あんなところに住めるね」と言われた。永住権もない日本人が頭脳労働に就けて、さらに就労ビザや永住権のサポートをしてくれる会社なんて、ニューヨークにしかないんだから、仕方ないんだよ。おねえさん「そういえば、東京も物価が高いんでしょ」。私「でも、東京は収入がずっといいから」。「そりゃ〜確かに助けになるね」と、陽気なおねえさんはカラカラと笑った。
(原文:97/9/25 加筆訂正:98/11)