「なぜ、こうもデブばかり・・・」

 アメリカにいるといつも思うのが、なんでこうデブばかりなのだろう、ということだ。ここでいうデブとは、日本人の感覚でいう太め、などとは比べ物にならないデブのことだ。アメリカには、小錦もまっつぁおなデブがゴマンといる。97年、アメリカ人の平均体重は肥満体レベルを超えたそうだ。

 もちろん、スタイルのいい人はいるが、本当にわずかだ。テレビや映画に出てくる「いわゆるアメリカ人」は、一握りである。外見を重視するロサンゼルスなどでは、確かにスタイルに命をかけているような男女が多く、彼らの格好良さはそれなりに目立つ。しかし、例えば受け付けや窓口など、あまり外に出ることのないような職場にはデブがたくさんいる。

 それでも、ロスやニューヨークといった大都会の人たちは、全米平均よりかなりスマートだ。アメリカの田舎には、食べることしか娯楽がないのか、想像を絶するデブがあふれている。以前、太りすぎて家のドアから出られなくなった人の映画があったが、珍しいことではないだろう。こんな奴らは、もちろん健康なハズもない。看護婦をしている知り合いから、自力で歩けないほど太った患者が心臓発作があると車椅子に乗ってやってきた話を聞いた。彼女は「そりゃぁ〜心臓発作もくるでしょう」と呆れていた。

 こんなデブのために医療保険費が使われているのも腹が立つが、最近、考えるのが食料カロリーの無駄使いだ。世界には食糧難にあえぐ国がまだまだ数多くある。誰か、欧米のデブどもが標準体重だった場合に余剰になるカロリーを計算して欲しいものだ。これらのカロリーを食糧難の国に回した場合、それでも世界の食料危機はやってくるのか?

 日本人だって太っていないというだけで、食料の無駄使いはさんざんしている。しかし、やたらと目につく醜いデブを見ているとだんだん不愉快になってきて、デブ税でも取って食料危機の国の援助費にでもまわしたれ! と、思ってしまう。

 なぜ、あんなに欧米人がデブなのか、結論はもちろん出ない。遺伝子が、食料を貯えて計画的に消費してきた農耕民族である日本人と、手に入った時に食べてしまう狩猟民族では違うのだろうか・・・などと思ってみたりもする。

(原文:97/8 加筆訂正:98/9)