監督:小林正樹
出演:仲代達矢
新珠三千代
内藤武敏
自分が小学生の頃、我が家では誰も見ていなかったが、お正月にどこかのテレビ局が半日かけて一挙放送していた。ちょうどその時に親戚に電話をしたら涙声で、どうしたのかと聞いたら「人間の條件」を見ていたんだって、といった内容を別の親戚がうちに来て話していた場面が、以来ン十年ずっと頭にこびりついていた。たまたまNetflixにあるのを発見し、全編9時間半の超大作を何日もかけて見通した。人生の目標(???)をひとつ成し遂げた気分。よくこれだけの作品を作り上げたものだと素直に感動。
信念を曲げてまでうまく立ちまわったり、他人に取り入ったりできない無骨な男の、時代に翻弄され続けた理不尽な人生の物語。おとなしくしていれば何とか戦争をやり過ごせたものを、それができない不器用でクソ真面目な主人公。平時でもこの手のタイプは上司に睨まれたり同僚に煙たがられたりはするだろうが、それでも戦争さえなければ愛する妻と静かに暮らしていけただろうに、劇中の主人公の「敵は軍隊そのもの」というセリフが重い。「敵は戦争そのもの」と言い換えてもいいだろう。
主人公の仲代達也がとにかく素晴らしい。彼なくして、この作品はあり得なかっただろう。これまで仲代達也に関しては、もちろん名前は知っていたけれど時代劇に出てくるおじさんぐらいの印象しかなかった。随分とがっしり大柄で大きな目の、(若い頃は)印象的な風貌の役者だったんだね。これだけ長い作品を毎晩見続けたお陰で、当分はあのギョロ目と特徴ある声が脳裏に焼き付いて離れそうにない。特に終盤の、ただでさえ大きなギョロ目をひんむいての鬼気迫る演技には、ただただ圧倒される。終盤に見たあの顔は、「陽のあたる場所」の回想シーンのあまりに美しいエリザベス・テーラーの顔と並んで、死ぬまで忘れない。
採石場の場面では、中国人捕虜のために命をかけている主人公が、どうして彼らの怒りの受け皿になって非難されなければならないのか、理不尽もいいところだと憤慨した。しかし見進んでいくうちに、戦争や軍隊の理不尽と比べたら、あんな理不尽は理不尽のうちに入らないのだと思い知る。
そして命からがらやっとの思いで生きて終戦を迎えたのに、戦争が終わってから待ち受けるさらなる苦難の連続。せっかくここまで生き延びたのに、戦争が終わってからも無為にどんどん失われてゆく命。まだ南国だったら、グアムの横井さんのように生き長らえたかもしれなかったのに、極寒の地ではそれも叶わない。あれほど理想を曲げなかった主人公も、自分が生きるために何の恨みもない相手を殺し、食べ物を盗む。戦争が終わっても、どこまで行っても、つきまとう軍隊と戦争の理不尽さ。
親戚と違い、自分は一度も泣かなかった。近年、ちょっとしたことですぐに泣けてきて困る自分だが、泣かなかった。あまりの重苦しさと理不尽さに、涙など出なかった。悲しいにしろ、感動してにしろ、泣ける映画というのは「楽しい、娯楽作品」であるのだな、と思い知った。
鑑賞日:2012年5月10〜16日
製作:1959年(第1部純愛篇/第2部激怒篇/第3部望郷篇/第4部戦雲篇)1961年(完結篇)・日本